学生体験談

東亜学院日本語学校卒業生の体験談  
「東亜学院は良い出発点」
「時間がたつのはとても早いですね! 自分が初めて東亜学院のパンフレットを…」
 
東亜学院日本語学校卒業生の体験談  
「よい準備の場」

「東亜学院に来て、私の日本語レベルははっきりと上がりました。中国にいたとき独学で…」

東亜学院日本語学校卒業生の体験談  
「東亜学院は温かく幸せな場所」
「東亜学院は私に多くのことを教え、私をいろいろな点で成長させました…」
 
東亜学院日本語学校卒業生の体験談  
「あなたの夢を取り戻せ」

「ここは、僕の夢の新しいスタートだった。僕は一生忘れないだろう。…」

「東亜学院は良い出発点」

王野さん:女性、江蘇省出身、大学院進学クラス(S1クラス)

 2011年7月 東亜学院入学  2013年4月 北海道大学公共政策大学院入学

 

時間がたつのはとても早いですね!

 

自分が初めて東亜学院のパンフレットを手にとって、一字一字、先輩の話や先生方の紹介を読み、最後に不安を抱きながら東亜学院を選んだことを思い出します。もう一年も前のことです。この一年はわたしにとって、毎日が目標に向かって努力する一年であり、また日本の生活を思い切り享受する一年でした。最後に理想とする大学院に合格することができ、私はこれは自分がよいスタートを切ったことと切り離して考えることはできないと思いました。あと1ヶ月で東亜学院を卒業しますが、限りない懐かしさをもって、私はここで私の東亜学院での留学経験をシェアしたいと思います。

 

 

質の高い学習課程

入学当時私と同時に東亜学院に入学したクラスメイトには、たくさんの日本語専攻の学生がおり、日本語能力試験N1に合格した人はさらにたくさんいました。しかしそれでも、その人たちは日本語ができないことに不平を言っていました。彼らにくらべて、日本語は独学で半年も勉強していない私は殆ど基本もゼロで、プレッシャーは特に大きかったです。入学した最初のときに私たちはクラス分けテストを受けます。私は心配することなくBクラスに入りました。クラスは日本語能力の高さによって、S、A、B、Cクラスに分けられており、毎年期末試験があって、クラスは成績によって調整されます。全部の授業は午前中に行われ、この点はとても重要です。このために私は更に有効に午後の時間をアルバイトあるいは入学試験準備に使うことができました。東亜学院の課程は日本語能力試験N1の専門の補講があるだけでなく、ほかにもたくさんの日本の伝統と文化の内容に関するものがあります。私の日本に関する知識の大部分は教室で学んだものでした。特に馬場先生の授業は、絶対に受けたほうがいいです! 私は日本人の友達と話しているとき、よく彼らはとてもびっくりして、どうしてそんなことまで知ってるの?すごい!あなたの学校はそんなに深く教えてくれるのと言いました。東亜学院で学ぶ留学生はみな中国人ですが、たくさんの日本人もいるんです!この日本人の人たちはここで中国語を学んでいるんです。東亜学院は中国語学校と日本語学校があるのです。私たち日本語学習者にとって、これは会話を訓練する最高のチャンスであり、私もごく近くで日本人の考え方を学ぶことができ、なんと日本人の友達もできました。

 

いたれりつくせりの進学指導

進学指導の面についても、私は東亜学院はほんとうにすばらしいと思います。私も最初は東亜学院の大学院進学率が高いと聞いてここを選択しました。実際に体験したあとでは、考えていたよりも更に効率がいいと感じました。進学指導の責任者である新井先生は非常に専門的で、細かい研究計画指導と厳しい面接練習は実際の試験に非常に役に立ちました。もしあなたが新井先生の面接練習を受けたら、きっと本番の試験のときは気楽に感じるでしょう。私は他の日本語学校の友達によく東亜学院の面接練習について聞かれました。このほかにもSクラスでは授業で様々な発表をしました。生活のことも研究テーマのことについても、私たちの表現能力はこれで非常に向上しました。今年東亜学院に入った進学の結果からみても、一流の国立私立大学に進学した人数はやはり高い水準を保っており、これは東亜学院の学生が誇りに思うところです。

 

優れた地理的位置

学校の位置なんて全然重要じゃない、そう考える人もいるかもしれません。大学のことなら当然私もそう思います。でも毎日入学試験準備をしている私たちにとって、日本語学校の位置が多くのことを決めることになるのです。東亜学院は東京の中心にあり、学校のある地下鉄千代田線は東京の最も重要な場所を通っています。学校がある赤坂の一つ前の駅は「国会議事堂前」で、日本最大の国立国会図書館があり、そこで、専門に関する書籍、雑誌、論文のほとんどの探すことができます。交通費が非常に高い東京で、この点は東亜学院の非常に有利な資本であることは疑いをいれません。試験前の2ヶ月間、私はほとんど毎日午後そこに行き、無料でこの貴重な資源を享受しました。このほかにも、上野、秋葉原、御茶ノ水、六本木そして人々がめざす東京大学も地下鉄沿線にあります。

 

豊富な課外活動と奨学金

日本に来て半年は、不案内のため東亜学院は新入生に学校の寮に住まわせます。みんながお互いに知り合い、交流学習し、一緒にパーティーを開き、寮は私たちにとってほんとうによい新生活の環境です。みんなが学習以外の時間にリラックスしてすごすために、東亜学院には豊富な課外活動が準備されています。私はディズニーランドに行く願いがかないました。富士山を見て、農園でさくらんぼを摘んで、美術館にも行きました。いつも課外活動では新しい発見があります。日本により近づき、日本を知り、日本人を知ることができます。このほかにも、東亜学院の学生は日本の大学生と同様の優待を受けることができ、定期券、入場券など多くの面で少なくない費用を節約することができます。日本の日本語学校でこのような待遇をうけられる学校はかぞえるほどしかありません。そのほかに、私は幸いなことに最初の年に学校の第一等奨学金を獲得することができました。一日中勉強をしアルバイトをしない私にとって、これはまさに最大の援助でした。

 

 

東亜学院がこのように私を配慮してくれたことは他にもたくさんあります。私は一度となく考えたことがあります。もし東亜学院に来なかったら、今の私はどうなっていただろう?と。私は幸いに東亜学院の家族の一員になりました。ここには勤勉で積極的で熱心に私たちを励ましてくれるクラスメイトがいます。また家族のように気にかけてくれる先生たちがいます。ほんとうにこれらのささえによって、私は順調に堅実に自分の目標へと向かっていくことができました。そして東亜学院でよいスタートを切ったからこそ、私は自分が自分自身の未来を拓いていく力があると信じることができました。私は東亜学院が好きです、そして未来のある日、もっと多くの友達が東亜学院の学生になることを希望し、それを誇りに思います!

 

 

「東亜学院は目標が明確な学生にはよい準備の場」

温卿さん:男性、広東省出身、大学院進学クラス(S1クラス)

 2011年7月 東亜学院入学  2013年4月 東京工芸大学デジタルメディア大学院入学

 

東亜学院に来て、私の日本語レベルははっきりと上がりました。

 

中国にいたとき独学で日本語能力試験N2に合格したとき、私は自分は大した者だと思い込んでいました。でも日本にきてどうしたらいいかわからなくなってしまいました。私が勉強した日本語は全く使い物にならず、実際の日本語レベルはとても低かったからです。私のプライドはずたずたになりましたが、同時に一種の興奮も感じました。そして、私は絶対に日本人と同じくらい日本語がうまくなってやると決心しました。

 

怠けものの性格のせいで、この意気込みは数日のうちになくなってしまいました。でも、東亜学院で一年半学んで、私の日本語は確実によくなったと感じています。自画自賛ではなく、私は今マンガを買うときは日本語の原書を買い、ゲームを買うときは日本語の原版を買い、ネットを見るときも日本語のサイトを見ます。そう、あなたは確かにおとしよりのつぶやきや女子高生の使う日本語はわかりません。でも、ふつうの日本人のふつうの日本語会話は必ずわかります。でも、これはあなたが真面目に授業に出ればの話です。東亜学院はこういう真面目で目的意識が明確な学生のために準備された足がかりです。

 

ここに来て日本語能力が向上しただけでなく、東亜学院は進学指導でも責任をもって指導してくれます。学校の全ての先生は熱心に学生の進学関係の疑問に答えてくれ、また無料で先生の模擬面接の予約をすることができます。そう、もしあなたがそうしたいなら、何度でも模擬面接をすることができます。東亜学院の先生はいつもはやさしいのですが、模擬面接の時は凶悪な面接官に変わり、ずばずばとあなたの面接の問題点を指摘してくれますから、自分の勉強不足を感じます。当時私の最初の面接練習のときもそうで、先生の質問に答えて、いいところは一つもなく、穴があったら入りたいような気持ちでした。しかし実際の大学院面接試験の時には、模擬試験の経験があったため、十分な準備ができ、本番の試験で全く緊張せず、先生の質問によく答えることができました。

東亜学院の課外活動も深く印象に残っています。12月私たちはディズニーランドで一日中遊び、ミッキー、ミニー、グーフィー、アラジンに会い、東亜学院の先生と500円のローストターキーを食べながら歩きました。去年の春には、富士山のふもとの山梨県に行き、果樹園でさくらんぼをとって食べたばかりでなく、高級ホテルでバイキングを食べ、博物館へも行きました。青い空、白い雲、太陽も晴れ渡っていて、本当に楽しかったです。

 

残っているのはわずかな日常のことです。平凡に、日一日が過ぎて行きます。でも平凡な毎日も留めておきたいと感じます。一日一日をつまらないものとおもってはいけない、一日に少しの成果をつみかさねれば、いつかは大きなことがやり遂げられるのだから。こんなことも私は東亜学院で気づきました。みなさん、早く東亜学院に来てください。東亜学院はこういう真面目で目的意識が明確な学生のために準備された足がかりですから。

 

 

 

「東亜学院、温かく幸せな場所」

张菁文さん:女性、山東省出身、S3クラス

 2011年4月 東亜学院入学  2013年4月 中央大学商学部入学

 

2011年5月16日、私は初めて日本に来ました。ひらがなとかたかながわかるだけで「ありがとうございます」さえはっきりいえない鳥も同然の私にとって、日本はほんとうに見知らぬ国で、本当の意味で異国でした。そのときの気持ちを考えると、不安のほうが感動よりもずっと大きかったです。ははは、日本語が下手すぎて、何をみても聞いてもわからなかったのです。でもこのどうしたらいいかわからない状態はすぐに打開されました。迎えにきたバスで柴田先生が中国語で笑わせてくれて、私にも東亜学院での暖かい生活が始まることを教えてくれたのです。

 

日本に来たばかりのとき、外国人登録、定期券購入、銀行口座の手続き、国民保険の加入、資格外活動許可申請などの全てのめんどうな手続きをするとき、全部柴田先生と傳先生がつれていってくれて一つ一つやり遂げることができました。わからない、できないことは、先生方がいつも辛抱強く教えてくれました。これは日本に来たばかりの学生にとってほんとうに大きな援助です。生活での疑問と最初の日本の生活の不適応は熱心な寮母と寮長のおかげですぐに解消されました。入学したばかりのとき、学校はまず私たちに新入生歓迎会をしてくれ、また、みんなを皇居などにつれて行ってくれて、いっしょに正式な日本料理を食べました。このほかにも、学校は毎年いろいろな面白くてためになる防災訓練に連れて行ってくれます。一年に2回春と冬との課外活動でもみんなで違う日本の景色を楽しみました。大自然にふれながらいろいろな甘い果物やおいしい料理を楽しみ、ディズニーランドでは子どものようにその世界を満喫し、美術館や博物館を参観し、いろいろな日本文化を体験しました。この全ては私に東亜学院が楽しい楽園であると感じさせました。

 

多くの学生にとって関心のあるアルバイトの問題も、学校は私たちに配慮してくれています。東亜学院の校舎の3階の壁にはいつもいろいろなアルバイトの最新情報が貼られていて、学生は自分の日本語レベルと希望によって名前を書いて申し込みます。東亜学院は規模こそ大きくはないですが、まさに規模の大きくない学校だからこそ、学生は自分の日本語レベルに応じた少人数のクラスに入ることができ、日本語の進歩とともに上のクラスに入ることができます。授業では、先生は全ての学生の学習をよく見てくださり、我慢強く指導と援助をしてくださいます。日本語を始めたばかりの私はこのような環境で安心して初級から学習を始め、一歩一歩確実に現在まで進んできました。

 

日本の各地からきた留学生の友達と東亜学院の生活のことを話すとき、友達はいつも羨ましそうに言います。「えー!張さんの学校はそんなにいいの!毎日たのしいでしょう!どうして私はその学校を選ばなかったんだろう!」こんな言葉を聞くたびに、私はついこっそりわらってしまいます。たぶん私は東亜学院と縁があったんでしょう、日本に来る前、もうすこしでこの素敵な学校とすれ違ったのに他の学校を選びそうだったんですから。

 

2年の時間は長いといえば長く、短いといえば短いです。東亜学院での生活は楽しく幸福なだけでなく暖かさを感じさせるものでした。東亜学院は私に多くのことを教え、私をいろいろな点で成長させました。かっこよくて素敵な馬場先生のところではたくさんの日本の楽しい話を聞きました。ユーモアのある山本先生のところでは多くの人生の道理を学びました。そのほかにも天然萌な宮澤先生、笑顔が好きな真面目な本多先生、かわいくてボディーランゲージの多い新井先生、声は大きいけれど童心と熱心をもっている柴田先生もいます。この全ての親切で素敵な先生と友達と一緒に過ごした時間は、今後の長い人生の中で私の記憶のフィルムの一番美しい部分となるでしょう。今、私は暖かく去りがたい巣から卒業して大学に入ります。そこはまた新しい環境で、私はまた新しい試練に立ち向かうでしょう。でも私は信じています、私は東亜学院で学んだいろいろなことともに、私の人生の旅程に自信と楽しく前に進む力をもって進んでいけるということを!

 

 

「あなたの夢を取り戻せ」

徐佳宁さん:男性、上海出身

 2009年10月 東亜学院入学、 2011年4月 早稲田大学大学院 社会科学研究科(科目等履修生)入学

 2012年4月 慶應義塾大学大学院 社会学研究科入学

 

君の夢は何?

 

もし何年か前にこの質問を聞かれたら、僕はただ目をぱちぱちさせて言っただろう。僕にもわからない、と。

 

中国人に一番足りないのはこの夢を追うことだ。たくさんの若者が、4年間の大学教育を終えたとしても、君が彼らに将来の抱負を聞いたら、何人かしか答えられないかもしれない。こうやって彼らは社会に入っていく。そして結婚し、家を買い、仕事をし、残業をし、生活のいろいろな面でのプレッシャーが、僕らにちょっと一休みして考える時間すら与えないのだ。僕らはなぜ生きているかと。

 

少ない給料を握って、この社会が不公平で、貧富の差が激しいと叫ぶ。でもどうして考えないんだろう、自分の未来を想像する力もない人間に、社会がより多くを与えるだろうかって。

 

3年前、僕も茫漠とした未来と共に、海を越えて日本にやってきた。この見知らぬ国で、自分の夢を探したかった。

 

でもいろんなことは思っていたほど順調じゃなかった。大学院入試の試験は、試験を受ければ、面接試験を受け突破することができると思っていた。僕は待っていると知らなかった、あのよく知っている耳を刺す言葉、「あなたはなぜ大学院を受けるのですか?」「あなたは大学院で何をしたいのですか?」「あなたは将来何をしたいのですか?」―――「君はいったい、何をしたいんだ?」

あるいは君はいくらかの綺麗な言葉を作り出して答えるかもしれない、でももしそのすばらしい皮が剥ぎ取られたら、僕らには何も残っていないんだ。

海を渡って、ぼくらは答えを探しに来た。これは嘘じゃない。日本留学、この決定を下した人は、多かれ少なかれ自分の人生を変えたいと思っていると僕は信じている。こんな人生の答えを探すとき、君はおびえて、しり込みし、嘘をついてその場をしのごうとするかもしれない、でも君の未来の可能性も同時に君の嘘に抹殺されてしまうんだ。

 

僕らには自分の人生を考え、どうやって「生き方」を変えるかを考える時間が必要だ。特に厳しくて大げさな社会で20年生きた後には。

 

東亜学院は僕に「時間」を与えてくれた。

 

ここで僕の学業は長足の進歩を遂げた。先生たちの毎日の気遣いが僕の後顧の憂いをなくし、僕は自由に自分の夢を追求することができた。夢を追い求める途中で、何度も失敗し、倒れたけれども、先生たちは僕が勇気を出してもう一度旅を始めるよう励ましてくれた。

 

学校を離れてもう2年以上になる。でもあのときの学校での時間が懐かしい。今でもよくこの家に帰る。

 

ここは、僕の夢の新しいスタートだった。僕は一生忘れないだろう。

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