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走遍中国05

初めての地下鉄乗車体験 ― 北京にて                                          2017.10.23

随分前になりますが、旅行を兼ねて、北京駐在の知人を訪ねた時のことです。

 

天安門広場・故宮を散策後、知人宅訪問のため地下鉄に乗りました。夕方の通勤ラッシュで、車内は身動きのとれない状態でした。東京とは違うヒトの勢いを感じ、押されているうちに、一緒に乗車した友人とは離れてしまうし、ちゃんと目的の駅で降りられるかと不安でした。

 

そのとき背後から、私を上からのぞくように声を掛ける人がいました。“下车吗?”([電車から]降りますか)その男性は見上げるくらい背が高く、しかも好青年だったためか、私の頭の中では「降りますか」が「降りましょう」に変換されてしまったようです。――これは中国式お誘い?(ナンパ)なのかしら、アジア人は若く見られるし、いや,電車の中は皆アジア人だし。“跟我一起下车吧。”(私と一緒に降りましょう)と言ったらどうなるんだろう。数秒の間、頭の中で空想が広がりました。

 

きょとんとしている私に、再び“不下吗?”(降りませんか)と尋ねるので、私が“不下。”(降りません)と言うと、彼は私の前にぐいっと立ち、目の前は大きな背中しか見えなくなりました。そして、また前にいる人に同じ質問をすること2回、彼は“下车。”(降ります)と言った人の後ろで、ようやく混んだ車内を移動するのを止めました。

 

よく観察すると、周りでも“下不下?”(降りますか)とか“下车吗?”と尋ねている人が数人。なるほど、駅に着く前に降りる準備をしないと、乗って来る人の勢いで降りられなくなる可能性があるのでしょう。電車が出発すると、また“下不下?”などの会話が始まります。郷に入っては郷に従えと、私も小さな声で“下车。”(降ります)と言うと、こわもてに見えた男性がすーっと前を開けて通してくれ、すんなり降りることができました。降りられるかどうか緊張していたのが一気に緩みました。一緒に乗った友人が押し合いへし合い降りて来たのと対照的でした。

 

その後、無事知人とも合流でき、食事の時にこの話をすると、都合良く勘違いしたものだと大笑いされました。

 

思い返すと、これが中国旅行において、現地ガイドさんやホテルの人、観光客相手に商売をしている人たち以外で、初めてネイティブと会話をした経験です。数年後、上海の地下鉄に乗った時は、こんな光景は見られず残念でした。最近の北京も変わっているかもしれませんね。 (Y. F. 様)

 



アチェンガル・ゴンパ                                          2017.09.27

2017年7月下旬~8月上旬にかけて9日間旅行しました。
目的地は四川省カンゼ・チベット族自治州のアチェンガル・ゴンパ(中国語で亜青寺)というチベット仏教寺院で、成都から長距離バスを乗り継いで行きました。


1.丘から左側の眺め

走遍中国アチェンガル・ゴンパ1

 

2.川の中州にある尼僧の僧坊。尼さんとお坊さんは居住地域が分かれています。
男性はこの橋を渡って中州に入ることはできません。観光客でも女性であれば入ることができるそうです。小さな子供や家族は例外のようで、お母さんが出家した場合、小さな男の子が一緒に住んでいたりします。お坊さんの居住地域は写真1のエリアです。右奥の金色の建物が寺院です。

走遍中国アチェンガル・ゴンパ2

 

3.点在する小さな箱状のものは、瞑想するための小屋です。小屋近くの人影から、小屋の大きさがわかるかと思います。

走遍中国アチェンガル・ゴンパ3

 

4.マニ車。1回まわすと、1回お経を読んだことになるそうです。この廊下で五体投地をしている人もいました。

走遍中国アチェンガル・ゴンパ4

 

5.タルチョ。お経が書かれた旗で、チベット文化圏では至るところで目に入ります。

走遍中国アチェンガル・ゴンパ5

 

6.このエリア全体が富士山と同じくらいの標高です。家畜はヤクが多いです。高山病になり、頭痛に悩まされました。

走遍中国アチェンガル・ゴンパ6

(日本語学校 大澤千裕)

 

中国旅遊記                                          2016.07.07

みなさんこんにちは。

私は,2015年8月に東亜学院6か月速成講座を卒業し,今は遼寧省瀋陽市で語学研修に励んでいます。この生活も間もなく幕を閉じようとしています。この魅力的な時間が終わってしまうと思うと,惜しくてなりません。

日本の友人からはよく「中国って餃子が主食なんでしょ?」「中国人って声が大きいんでしょ?」「中国って大気汚染がひどいんでしょ?」などの偏見に満ちた(?)質問を受けます。日本ではなかなかイメージしづらいですが,北はロシア,南はベトナム,西はタジキスタン等と接し,また世界最大の人口を抱える中国を,ひとくくりで語れるのでしょうか?かつて理子先生がよく仰っていた「13億人もいますからねぇ」というせりふが頭をよぎります。

私は旅行が大好きで,省外だけでも,北京市・天津市・上海市・重慶市・黒竜江省ハルビン市・青海省西寧市・四川省成都市,同じく四川省九寨溝などに行きました。どの土地も全く違う気候風土や習慣・文化,そして美食(これ大事!)があり,飽きることがありません。

 

今回は,旅行にまつわるいくつかのエピソードを紹介したいと思います。

 

首都北京 珍味の旅

中国に来たからには,首都北京は外せません。私は3日間の日程で円明園・国家スタジアム・万里の長城(八達嶺)・天安門・故宮・王府井等を訪れました。

中でも,王府井は有名な繁華街で,食べ物の屋台が集まっているエリアがあります。ここには中国全土から美味しいものや珍しいものが集まってくるのですが,私は臭豆腐・サソリ・ハト等にチャレンジしました。臭豆腐は中国の有名な食品で,豆腐を発酵させたものを油で揚げ,たれをつけて食べます。名前のとおり独特の臭いがあり,中国人でも好き嫌いが分かれるとのことで,私は少し苦手です。一方,サソリとハトについては,いずれも素揚げで食べるのですが,問題なく食べられるどころか,おいしいとさえ感じました。特にハトは,普通の鶏肉と変わらない味で,骨まで全て食べられます。食べるのに抵抗があっても,食べてみれば意外といけるものだと感じました。

北京①

 

 

 

極寒と幻想のハルビン

1月に,黒竜江省の省都であるハルビン市へ行きました。黒竜江省は中国で最も北に位置し,ロシアと接しています。19世紀末よりロシア帝国によって開発が進んだ関係から,現在でも中心市街地には,欧風の建築物が数多く残っています。

ハルビン旅行といえば,何と言っても「世界3大氷祭り」の1つに数えられる「ハルビン氷雪祭り」です。会場中に,見上げるほどの大きな氷の彫刻が林立し,それらが色とりどりにライトアップされている様は,まさに幻想的の一言でした。更に,ハルビンの氷雪祭りはただ氷像を見るだけではありません。氷の城の天守閣に登れるようになっていたり,氷の大橋を実際に渡ることができたり,巨大な滑り台を滑り降りることができたりするほか,会場内の池がスケートリンクになっていたり,仮設ステージでライブが行われていたりと,アクティブに楽しめます。当日の気温はなんとマイナス20~30度という極寒だったのですが,年がいもなく童心に返って遊んでしまいました。

あまりの極寒のため,スマホが使用不能になったり,眼鏡やマスクすらも凍りついたりと,今まで経験したことのない現象を体験することができたのも非常に興味深かったです。

ハルビン②

 

 

  

ベイズ

私にとって旅行中のホテルは幸せのひとときです。日本のビジネスホテルか,プラスアルファのお金を出せば,キングサイズベッドの高級(?)ホテルに泊まることができます。

そんなあるホテルで,事件は起こりました。私の部屋のベッドに,掛け布団がないのです。すぐにフロントに電話をして,持ってきてもらうことにしました。

数分後,親切なボーイさんが私の部屋までちゃんと持ってきてくれました。さぞ重かったろうと思いドアを開けると,手には小さなコップが1つ。一体どういうことでしょう。

中国語を勉強している皆さんならもうお分かりでしょう。そうです。私が悪いのです。「声調を間違えると意味が全く変わってしまう。」そんな中国語の面白さを肌で感じた経験でした。

 

【作者:K.Kさん 2015年4~8月 東亜学院75期6か月速成講座在籍  某県庁勤務】

 

 

 

 

中国生活について                              2015.09.10

1.中国での留学生活について

私は平成26年8月より1年間、上海市にある復旦大学で企業派遣の語学留学生として生活しました。

復旦大学は創立110周年を迎えた総合大学であり、世界各国から留学生が集まります。私が在籍していたクラスには約20名の学生がおり、日々中国語の習得に向けて学習していました。入学当初はお互いにつたない中国語でのコミュニケーションを図っていましたが、学習や生活の中で使ううちに、次第に自分の意思表示や相手の話の理解ができるようになってきました。

このように、努力を重ねることで、私は中国政府公認の中国語能力検定(HSK)の最高級である6級を取得することができました。

1年間国際色豊かな環境の中に身を置くことで、各国の文化の違いを学んだり世界中に友達ができたり、私にとって非常に有意義な毎日でした。

 

 中国体験記201509

 

2.中国文化について

 私は留学生活を始めるまで、中国に行ったことはありませんでした。そのため、テレビや新聞で見る中国の印象しかなく、正直なところ衛生やマナー等の面で適応できるか不安はありました。実際に生活を始めてみると、確かに日本と比較して各種設備が未整備であったり、車の運転など公共マナーの面で疑問を感じたりすることはありました。しかし、中国の人々は一度親睦を深めると、非常に親切で友好的になる人が多いため、生活の中で困ったことがあった際に助けていただいたことが多々ありました。

 1年間、様々な料理や伝統芸能などの中国文化に触れてきたつもりですが、広い国土、約13億の人口を擁する中国を全て堪能するには、1年間では足りないと感じるぐらい多種多様な文化がありました。

  

3.中国での旅行・観光について

 滞在していた1年間、休日を利用して国内各地に旅行に行きました。各省の主要都市は軒並み都市化が進んでいて、発展の度合いにいつも驚いていました。しかしその反面、農村等はまだまだ生活水準が低く、格差は顕著に表れていました。国民総中流階級と言われる日本と比較して、中国での貧富の差はまだまだ激しいため、国民の生活水準の底上げの必要を実感しました。

 その他、大自然のスケールの大きさに驚いたり、現地の人々と交流したりと、国内旅行を通じてたくさんの思い出と知識を得ることができました。

  

4.最後に

 中国での生活を通して、自分が大きく成長できたと感じています。上手く中国語でコミュニケーションが取れない中で、「いかに自分の意思表示をすれば相手に伝わるのか」という点を常に考えるようになりました。これは日本で生活していても非常に重要な要素だと感じます。このように、海外生活で様々な問題に直面することで、自分の中に今まで気づかなかった新しい考え方が生まれました。

 東亜学院での生活も、私にとって非常に大切な思い出となっています。それぞれの目的のもとに集まったクラスメートではありましたが、ともに学び親睦を深めることで、中国現地でも心強い仲間として交流を続けることができました。出身も年齢も所属も違いましたが、今後も気軽に交流できる大切な仲間だと思っています。

 これから中国に渡る方は、東亜学院で学んだことを活かしながら思う存分中国を楽しんでください。

  

 (明智貴文さん 2014年4月~8月東亜学院第73期実用中国語6か月速成講座在籍 某金融機関勤務)

 

我的冒险经历                                  2014.08.25

華山。中国陝西省華陰市に位置し、道教の修道院があり、中国五名山のひとつ。西岳と称され、複合世界遺産にも登録されている五岳のうち、最も険しいとされている山である。かつて仙人が住む山として道士たちが修行のために登っていたようだが、むろん我々は修行のためではなく、そして景色を楽しむためでもなく、「大人へのステップ」を踏むために山へ向かった。

 

さすが修行のために登っていたと思うような険しい道のりに、何度も目的を失いそうになったが、我々はお互いを励まし合い目的地へ急いだ。ロープウェイという文明の力に頼り、2時間ほどしてようやく看板に目的地の名前が見え始めた。目的地までの距離が分かると、一心不乱で目指した。さらに1時間後、ようやく我々は目的地にたどり着いた。“长空栈道”標高1,000メートルの崖に、今にも崩れそうなわずか30センチメートル程度の桟道を、錆びついた2本の命綱を付けて山腹を目指す。さらに戻る場合も同じ道を通らなければならないため、狭い板の上で人が交錯するのである。まさしく死と隣り合わせのアトラクションである。この道を通って願い事をすれば必ず叶うという迷信と、この体験が我々を大人にするといった安易な発想がここへ来たそもそもの理由である。嘘か本当か分からないが、毎月10人程度が崖から落ちているというなんとも現実的な情報が我々を一瞬躊躇させたが、我々にやらずに帰るという選択肢はなかった。命綱を付けずに進む、大声をあげて騒ぐ者もいるが、当然我々にそんな余裕はなく黙々と進んだ。普段全く中国製品を信用していない我々もこの時ばかりは信用した。私の願い事は何を隠そう「無事に帰れますように」。噂どおり願い事が叶ったおかげで我々は無事帰還し、見事に「大人のステップ」渡り切った。年齢30歳前後のおじさん3人が中国の山奥で本当の大人になった。

 

中国の雄大さには脱帽だ!

 

sayohango_20140825.jpg

(田中寛範さん 2013.4月~2013.9月 6か月速成講座受講)

 

 

 

 

上海ライフ1年目                                2014.03.25

私は今年3月に東亜学院を卒業した後,4月に上海へ赴任しました。早くも8か月が過ぎましたが,初めは様々な習慣の違いに戸惑いを隠せませんでした。また,今年の上海の夏は,140年間の観測史上「最も暑い夏」で,40度を超える猛暑日が続き,あまりの暑さに外出するのが億劫になり,家から1歩も外に出ない日まであった程です。一方で,中国人の友人に聞くところによれば,冬の寒さもかなり厳しいようで,寒さが苦手な私は,これから本格的に訪れる冬の到来を恐れている今日この頃です。

 

しかし,8か月が経過したことで上海での生活にも慣れることができ,中国人の友人ができたことで,非常に充実した時間を過ごすことができています。語学についても,生活をしていく上で必要最低限のフレーズには困りませんし,“听力”のレベルも少しずつ上がってきているように感じています(上海語は全く聴き取れませんが…)。

 

さて,日本で生活していた時と大きく異なったことと言えば,日々の生活の中でタクシーに乗る回数が飛躍的に増えたことが挙げられます。仕事やプライベートでほぼ毎日利用しています。そこで今回は上海のタクシー事情について紹介したいと思います。

 

そもそも増えた理由としては,利便性だけでなく,その値段の安さにあります。上海での初乗り運賃は,14元≒約230円で30分程の距離を4人で乗車すれば,1人あたり約10元で済みます。ただ,その運転の荒さは,世界各国を旅行してきた私が経験してきた中でも,世界一と言っても過言ではなく,目的地に到着した時に,車酔いになることもたまにあります。また,高速道路を160キロ以上のスピードで走っていた時には,正直,死を覚悟した程です(笑)。

 

その様な「楽しい乗り物」であるタクシーについて,日本と大きく異なる習慣があります。日本では乗車する際,運転手に行き先(駅・建物名等)を伝えますが,中国では通りの名前を2本伝え,先ずはその交差点に向かってもらうのが一般的です。そのため“○○路,○○路”と伝えて,その近くになると「次の道を右に,左に」と伝え目的地に向かいます。そのため,知らない場所に行く時には,事前に通りの名前のピンインと声調を電子辞書で確認するのが日課になっています。発音が曖昧なため,いざ着いてみると全く違う場所だったという話は,日本人駐在員から良く耳にするものです。

 

運転手に「なぜ建物名ではなく,通りの名前なのか」と尋ねたところ,「タクシー運転手は地方からの出稼ぎ労働者が多く,建物名等で言われても分からないからだ」との回答が返ってきました。でも,私からすれば,確かに中国では全ての通りに名前がありますが,それを覚える方が逆に大変だと思います。また,場合によっては,運転手自身が通りの名前を知らないにも拘らず「知らない」とは言わず,結果的に迷うというハプニングが起きる始末です(笑)。加えて,地方出身者が運転手の時は,地方独特の発音で話してくるため,聞き取ることが出来ず苦労することもあります。又,いわゆるぼったくりタクシーや白タクもあるので注意が必要です。

 

以上,今回はタクシー事情について紹介しましたが,この習慣の違いこそが「ナマの中国」であり,中国駐在を希望していた私からすれば,普段の生活の中で日本では経験し得ない貴重な時間を過ごせているのはとても幸せなことです。

残り数年の限られた中国生活の中で,1つでも多くの文化や慣習に触れ,更に充実した上海ライフを過ごしていきたいと思います。

 

(大沼正成さん 2012年10月~2013年3月 6か月速成講座受講)

 

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