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走遍中国02

听 琴  田芳 Tián Fāng (2011年冬号より)

  起先它是试探着的,像一个人过河,怯怯地伸伸脚。而后它的胆子大了些,有点类似阳光的东西加了进来,听的人松了口气,现在不用去捕捉了。


  它开始趋向平稳,总在一个旋律上回环 ― 泉水打在岩石上:叮咚、叮咚,闷在岩洞里的声音,好像永远都不会变。


  有什么坎坷出现?曲调一低,然后是静静的呜咽,在暗夜里无边无际地蔓延。


  现在它愤怒了,所有的琴弦都在颤抖,向上的音调铮铮冲开层层封锁,不顾一切地奔向无人之境。


  尖锐的高音向面前的一切呐喊,血流奔涌,大江拍岸,风萧萧兮易水寒。


  短暂的停顿,千万种幻想填满这瞬间的空白,听,轰然的爆响,心胸悚然一惊,陈年的旧痂纷纷落下。


  琴弦,在这一刻断掉了。


(田芳先生 6 か月速成・土曜日・夜間講座担当)

 

 

怀念家乡的自行车  刘云霞 Liú Yúnxiá (2011年冬号より)

  每天早上站在拥挤的电车里,都会不禁想起家乡那种环保的自行车生活。


  我的家乡在中国内蒙古的呼和浩特市。那是一个不大不小的城市,作为内蒙古自治区的首府城市有着它应有的热闹和繁华。如果说它的特征的话,也是长大出远门后才意识到的,就是:城市里的自行车风景线。生活在呼和浩特的人,出行的首选交通工具就是自行车了。马路也全部都是在机动车道和行人道的中间有一条宽宽的自行车道。每天的上下班时间,最拥挤的也是自行车道。那个时候如果你想从路的这一头骑到另一头,面对眼前的那股蜂拥般的自行车流,只能是感叹它的壮观,却妄想轻易穿越了。就是那样每天穿梭于拥挤的自行车道中,在那个城市里度过了我的整个青春时代。不过,那时候,尤其是在调皮的中学时代,有时会和几个要好的伙伴一起,骑车时故意相互拉拉扯扯,让周围的车友们不情愿地给我们让出一条绿色通道。成功后,几个人会窃喜上好许。


  大学毕业刚来东京的时候,为这里没有宽敞的自行车道,甚至于好多都没有自行车道的道路,好是不适应。不过,很快就习惯了这里发达的电车交通。就像日本的中学教材里讲道的那样,有发明就会有需求,让生活里的便利、快捷去取代过去的不便和迟缓似乎是一件轻而易举的事。骑自行车上学也只能是我一个永久美好的怀念吧。


  笔者摄:呼和浩特市的道路风景一角→

 

(劉雲霞先生 出張レッスン担当)

 

蚊と方言  大井 徹雄 (2011年冬号より)

 11月8日。@瀋陽。間もなくこちらは、殺戮的な寒さを誇る悪名高き東北地方の冬を迎えようとしています。街の至る所で吐き捨てられた痰が凍りつき、時には自身の痰で滑って転倒する事態が起こり得る季節の到来です。そして、ふと振り返れば蘇る、目頭熱き東亜学院での日々(※良い意味で)。もう、1年も経つのですね。今頃は、朗読大会の課題文「蚊とライオン」を念仏のように唱えている頃でしょうか。当時は、その使用頻度の低さを想像し、「え…蚊?」と小馬鹿にしたものです。しかしながら何を隠そう、瀋陽初日、私の寝床に大群で襲来したのがこの蚊でした。“来蚊子啦!!”西井先生は当時、「役に立たない単語なんて無いんですよ。貪欲に覚えてください。」とおっしゃっていました。中国渡航後間もなく、私の脳裏には西井先生の不敵な笑みがふっと浮上して来たというわけです。ところでこの初日、宿の管理人さんとおしゃべりをしたのですが、この方、鼻毛ぼうぼうの顔でニッコニコしながら、バリバリの方言を操られます。聞き取れる割合は3%程度。私は「あっはは!!“对对!”などと笑って彼の肩を叩きながら部屋へと戻りました。即刻帰国しようかと思った一瞬でした。


 街中の人の言葉も同様。耳を信じるならば、“知道了”がzǐdào leに聞こえることなどもあり、方言には本当に苦労しています。しかし、ご安心ください。こちらが話す標準語は、驚くほどに通じます。これぞ東亜の賜物。未だかつて発音でいちゃもんをつけられたことはありません。受講生の皆さんは、どうか自信を持ち、教師陣を信頼して、学習に励んでください。本当は文化など他の面についてもお伝えしたいところですが、その彩り豊かさについては言わずもがなでしょう。後は、現地で自ら体験していただくしかありません。皆さんの中国語習得と中国体験の幸運をお祈りし、この体験記を終わりにしたいと思います。谢谢!


注:上記のzi は、zhi ではありません。私の耳にはzi に聞こえました。
※富山県のHPに体験記を掲載しています。『遼寧省だより』で検索してください。

 

(大井徹雄さん 2010年10月~2011年3月 第66期6か月速成講座受講 富山県庁)

 

ヤンゴンへ行こう  卢 尤 Lú Yóu (2011年秋号より)

  仰光总是让接近她的人迷惘。特别是旧街区的苏蕾佛塔,无论你怎样有方向感、怎样清醒,都会迷失在她谜一般相似的街景里--每一个来到苏蕾佛塔的异乡人都会因此而丢却归路。


  那一年,同样又迷失在仰光的旧街区,同样又是一气乱走。精疲力尽时,一个男孩走到我的身边,伸出手来,要钱。无奈之下从短裤裤兜里掏出几张钞票随手塞给他--我只想快点回到旅店。


  走出十几米,衣角被人拉住,回头看过去,是刚才那个行乞的男孩。


  “不是已经给你钱了吗!”知道他听不懂我用汉语说出的句子,可我还是说了,并甩开他拉住我衣角的手。


  男孩再次跟上来拉住我。

 

  “你要干什么?!我不会再给你钱的!”我有些恼怒。


  男孩伸出另一只手,那里头握着一叠钱,他指指我,又指指地上,然后作了一个弯腰拾东西的动作,随即将钱递到我的面前。


  我下意识地摸了摸自己浅浅的裤兜,空空如也。那里头的钱,掉出去了。


  男孩再一次将钱递到我的眼前,他的神情竟让我觉出几分傲气。“且兹贝!”我接过钱,用缅语谢他。


  有那么一瞬,我曾考虑是不是把那叠钱作为谢礼送给男孩,可我转念否定了自己的想法。没错,他是一名乞丐,然而他有
着属于自己--作为行乞者的美学--只接受他人的善意,但决不索取来自善意以外的任何东西。也就是说在渔利与良知的取舍上,他毫不犹豫地选择了后者。


  我将钱装进裤兜,摸了摸他矮我许多的头。我知道我没有理由不支持他做出的这种选择。“且兹贝!”我再次谢他。


  现在,我已经不讨厌迷路更不讨厌时常转向的自己了,因为我去过仰光,听过缅甸行吟歌手这样唱:当你迷失无助 别着
急 找一家小店进去 那儿一定会有为你空着的桌椅 喝杯甜浓的红茶吧 没关系 只要身后还有佛塔 只要脚下还有路 你总能
找到归处。

 

(盧尤先生 木曜会話・土曜日・6 か月速成講座担当)

 

ゼロからの中国語  杉山 伸 (2011年秋号より)

  

 皆さんこんにちは。第65 期6 か月速成コースに在籍してい た杉山と申します。時間が過ぎるのは速いもので上海に来て 1 年が経とうとしています。職業は地方銀行員ですが、現在は コンサルティング会社にトレーニーとして派遣され、日系企 業の進出サポート、各種相談、手続き等を研修しています。

 

  東亜学院に通い、上海に来て生活を始めたこの約1 年半を 振り返ってみると、学校に通い始めた時期はまさに苦痛。自 慢するようなことでもないのですが、それまで私は中国語に 一切触れたことがありません。「四声ってなに?」というレベ ルで、単語も1つも分かりませんでした。それに追い討ちを かけるように学校での授業は「詰め込み教育」で、2 日に1回 の暗唱は私にとっては拷問そのものです。しかし勉強を続け ていけたのは、授業を通して「中国語って綺麗な言葉だな。」 と思えたことです。四声の美しい声のトーン、補語の世界な ど、日々中国語の魅力にはまっていきました。

 

  みっちり勉強した後にいざ乗り込んだ上海。「本当に自分の 中国語が通じるのか?」という不安もありましたが、まずは 実践、街に繰り出しました。“请问,去这个地方怎么走?”、“请 给我冰的啤酒。”など簡単な言葉ですが初めて通じた時の喜び は今でも忘れられません。またある日、タクシーの運転手と 話をしていると、「中国語を勉強して何年だ?」「東京で6か 月勉強して、上海に来て3か月が経った。」と回答したところ、 「発音がとてもきれいだ。2年は勉強しているレベルだ。」と 言われました。東亜学院での徹底した指導のお陰だと、本当 に感謝の気持ちでいっぱいです。東亜学院での6か月速成を 受講すれば、どんなに素人であっても中国語をマスターする ことが可能、これは私の体験から断言できます。その後、タ クシーに乗るたびに、買い物に行くたびに、練習だと思い自 分から話しかけるようにしています。

 

  今では日常会話はさほど困らなくなりました。今後はビジ ネスにおいても中国語をフルに活用できるよう、語彙力・表現力をつけていきたいと思います。また高度経済成長中の中国の勢いを肌で感じ、この勢いをどのような形で日本に還元できるのか、微力ながら貢献したいと考えています。

 

kihou2011fall_shanghai.jpg   kihou2011fall_nankintouro.jpg
上海浦東   南京東路

 

(杉山伸さん 2010 年4~9 月 第65 期6 か月速成講座受講)

 

 

流行语  莎萩蓉 Shā Qiūróng (2011年夏号より)

  最近在网络和杂志上,经常会看到一些字典和词典里查不到的词。千万不要小看这些词,国内的人可是很喜欢说,可以说是尽人皆知。如果有谁说不知道,那可就是跟不上时代了。就让我给大家介绍几个吧!


  富二代:中国经济发展以后,出现了很多富人,特别有钱的叫富豪。这些有钱人的子女就叫“富二代”。有人很形象地说,这些“富二代”是含着金匙出生的。


  星二代:就是明星们的子女。比如现在日本的女艺人关根麻里,用国内人的话说就是“星二代”。我觉得不管是在中国还是在日本,不管他们做什么工作,很少有“星二代”能像他们的父母那样出色。关根麻里真是为数不多的很优秀的一个。


  官二代:大家可能已经猜出来了。“官二代”就是高官的子女。这些“官二代”可是了不得,因为他们的父母有权有势,他们的人生也就一路顺风。


  宅男宅女:就是喜欢在家里呆着的人。和日语的“おたく”意思差不多。最近,因为中国物价飞涨,没有钱出去消费的人,也经常在家里“宅”着。当然,工作很忙的人有时间在家里“宅一宅”也是很不错的放松。“宅”在家里的人各有各的理由。


  怎么样?大家觉得有意思吗?有机会再给大家介绍啊!


(莎萩蓉先生 早朝講座・土曜日講座担当)

 

 

脑年龄  李爱花 Lǐ Àihuā (2011年夏号より)

  前几天,我所尊敬的一位友人送给我一个任天堂DS。为了不辜负友人的深情厚意,有一天在电车上我用DS 测起了我的脑年龄。测试题有识别色彩、单词记忆、连线等问题。因为第一次尝试,又困又累的我云里雾里、措手不及。经过苦战,我的脑年龄终于被揭开了 。屏幕上写道:“您的脑年龄为78 岁 !”哦 ,我的上帝啊 !怎么会这样 !难道我已经是古稀老人 ?


  这件事对我的打击非同凡响。我下决心把我的脑年龄锻炼到20 岁。于是我每天用DS 做练习题。渐渐地我那老化的脑终于有了一点儿转机。我的脑年龄从78 岁到60 岁,到50 岁,再到43 岁……日渐恢复年轻。我有一种起死回生的感觉。虽然离20 岁还有一段距离,但是我一定要坚持锻炼。


  东北大学的川岛教授说,每天大声朗读可以激活你的大脑。据资料说,每天坚持10 到20 分钟的背诵会增进记忆力。比如
背诵名篇、成语、诗歌短文、数理公式等等。


  各位东亚学院的同学们,百忙中千万不要忘记关心、呵护一下你的脑哦 !

 

(李愛花先生 早朝講座・6 か月速成講座担当)

 

 

大连的一年  上杉拓央 (2011年夏号より)

  我是去年四月份来到大连开始工作的。来这儿以前我从来没学过汉语,所以赴任之前公司给我机会去参加东亚学院的“实用汉语六个月速成班”。通过东亚学院的学习,我学会了汉语的基础,使第一次去海外工作的我能够顺利地起航。


  来中国以前,我以为许多中国人都不喜欢日本人。所以刚到大连的时候,为了防止被暴露我是日本人,即使出租车司机问我是哪里人,我也回答说“我是韩国人。”光阴似箭,我和太太在大连生活已经一年多了。这一年内我们认识了很多中国人并一起度过。在这段时间里他们善良的心地使我们俩对中国人的印象完全改变!


  刚赴任的时候,我太太不仅不会说汉语,也没有朋友,整天过着寂寞的生活,感到不安。而我总是下班很晚,跟太太在一起的时间也很短。听到这样的情况,有一个邻居是土产店的女老板,她为了鼓励我太太特意招待晚饭。还有一个汉语老师下课以

后,跟我太太一起去超市帮忙买东西。另外一个老师教她怎么包饺子。连没有课的时候也一起去动物园玩儿等等。我回家吃晚饭时,看到太太开心地聊着当天愉快的事儿,我也觉得很高兴,并对她们的热情感谢不尽。东日本大地震的时候也有很多中国人担心我们家人的情况并安慰我们。其实,那时我是通过中国朋友的电话才知道大地震的消息的。


  承蒙中国人的热情、东亚学院的老师们和同学们的帮助,我在大连过着非常幸福的生活,在此感谢大家!


(上杉拓央さん 2009 年10月~2010 年3月 第64期6 か月速成講座受講)

 

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     “我呢,可比你强多了……”

 

 

过年的记忆  张泰云 Zhāng Tàiyún (2011年春号より)

  中国人过年最典型的“四大件”是:年夜饭、放爆竹、压岁钱、走亲戚。我的故乡苏州也不例外。


  除夕之夜的一顿年夜饭,最为苏州人所看重。吃年夜饭有许多讲究。年夜饭餐桌上的菜肴,都要有吉利的寓意。对苏州人来说,肉圆、蛋饺是必不可少的。肉圆象征团团圆圆,蛋饺的意义就好比北方的水饺。鸡蛋为皮,鲜肉为馅,口味鲜滑而不腻,加之色泽金黄,形如元宝,常被形象地誉作“吉祥如意”。这天吃的菜都有讨口彩的叫法,菠菜因为梗gěng 长,所以叫做“长庚gēng 菜”,“梗”、“庚”同音,但“长庚”就有了长寿的寓意。青菜色绿,所以又叫做“安乐菜”。 尤其是小孩必须吃上一筷子,所谓“有青头”。苏州方言“有青头”意思是知书达理懂道理。黄豆牙因形状像如意,所以叫做“如意菜”。粉丝被叫做“金链条”。鱼自然也是必不可少的,且一般不将鱼吃光,叫做“吃剩有鱼(余)”、“年年有鱼(余)”或“吉庆有鱼(余)”。另外苏州人还习惯在年夜饭埋荸荠bíqi,吃饭时用筷子挑出来,叫做“掘jué元宝”。


  说起过年,最难忘的还是儿时与母亲一同铺蛋饺皮时的场景。母亲先在炉子上放好一个铁锅,用一块猪油擦一下锅底,随后倒入一小勺打匀后的蛋汁,变戏法似的左右转动锅柄,那蛋汁便十分“服帖”地化开,化作一个薄薄的圆,蛋饺皮瞬间就“变”出来了。这一幕已永远定格在我的过年记忆中。


(張泰雲先生 出張レッスン担当)

 

 

 

中国语 = 汉语?  张燕 Zhāng Yàn (2011年春号より)

  中国语和汉语是相同的意思吗 ?在东亚学院学过汉语的学生们多多少少会有这样的疑问。那么,现在我先来介绍一下这两个概念的不同,并简单说明一下其原因吧。


  中国语通常也会叫做中文,是13 亿中国人使用的语言。而中国语是由汉民族使用的汉语和约55 个少数民族的语言所构成。92%的民族都在使用汉语,少数民族使用的语言只占8%。汉语又由普通话和7 大方言所构成。普通话是1949 年以北方方言为基础,北京话为标准音,现代文语法为规范而制定的。由于北京话常使用儿化音(-r,-er),所以课文中也经常会出现。


  那么,中国为什么会存在与其他国家不同的现象呢?相信大家已经发现了答案。其一,是因为中国地域广大,南北气候与生活形态具有不少的差异,久而久之就形成了不同的语言。其二,是因为中国是一个多民族国家,所以存在各种各样的语言环境也不为怪。

 

 
  综上所述,显然中国语≠汉语。但是在日常会话中这两个词可以互相替代,所以其实不用紧张自己会说错,只要自己心里明白就可以了。要记住,大胆地说出来才是学好汉语的捷径哦! 

 

(張燕先生 出張レッスン担当)

 

 

我的上海生活很愉快  吉川英紀 (2011年春号より)

 私は2010 年の9 月から1 年間,双日株式会社の語学研修生として上海にある上海外国語大学で中国語を学んでいます。
大学では本当にここは中国かと思うほどの多国籍の人達に囲まれながら日々切磋琢磨し,中国語の習得に努めています。


 上海に来た頃はこちらの発音が通じない場合,少なからず動揺していたのですが,今では敢えて標準語と異なる発音を試す余裕が出てきました。上海にはh の発音をしない人が多く(zha をza と発音する),敢えてh 抜きの発音をすると問題なく通じる場合が多々あり,中国語を学ぶ楽しさが増えました。


 また,上海の冬の寒さはかなり厳しく,既に何回か風邪を引いてしまいました。特に今年は例年よりも寒く,上海ではめったに降らない雪が既に3 回も降りました。春を心待ちにしている今日この頃です。


 1 年間の留学後,上海での実務研修をする予定なので,残り半年間で中国語のレベルをより高いものにしようと思います。


吉川(きっかわ)英紀さん 2010 年3~8 月 出張レッスン受講

 

kihou2011spring_lectureroom.jpg                留学先の同学と(吉川さん:前列左から3番目)

 

 

kihou2011spring_school.jpg

                留学生寮から見下ろした上海外国語大学キャンパス


《ニュース!》 吉川さんは留学先で,留学前期の「優秀学生」として表彰されました。

おめでとうございます!この先も頑張って下さい!! 

 

 

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