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 街角こぼれ話6 昆明湖のはまぐり   田芳  

ひよこレベル 

    小学生のころ,よく両親と一緒に頤和園へ行った。

    頤和園には大きな大きな湖があり,昆明湖と言う。そのころ湖は舟をこぐことができ,泳ぐこともできた。私は昆明湖で泳ぐのが一番好きだった。夏は暑いが,水の中は涼しく,少し泳いでは少し休み,とても楽しかった。そのころ北京の空は青く,PM2.5はなかった。湖水は澄んでいて,湖にはきれいなはすの花がたくさんあり,小さな魚もいて私と一緒に泳いだものだった。

    私はよく東の岸辺から泳ぎ始め,十七孔橋(アーチが17ある橋)へ着くと,それから十七孔橋から東岸へ戻った。ある日,十七孔橋のそばで巨大なはまぐりを見たことがあった。私の手と同じぐらい大きく,まだ小学生だった私は少し怖くて,すぐ岸へ戻った。

    私はたくさんの人に,昆明湖には巨大なはまぐりがいると言ったが,私の言葉を信じる人はいなかった。今私はまだあのはまぐりを覚えているが,はまぐりがその後どうなったかは分からない。

 

 にわとりレベル

    まだ小学生のころ,よく両親と一緒に頤和園へ遊びに行った。

    頤和園には面積の大きな湖があり,これがすなわち有名な昆明湖だ。そのころ湖は舟をこぐことができるだけでなく,泳ぐこともできた。私は昆明湖で思う存分泳ぐのが一番好きだった。夏の太陽はかんかん照りつけるが,水の中はとても涼しくて爽やかだ。少し泳ぐと,水面にあおむけになってしばらく休み,それもまた楽しいことではなかったろうか。そのころ北京の空は,まるで宝石のようにコバルト色をしていて,悩ましいPM2.5はなかった。湖水は澄みきって水底が見え,湖は目の覚めるようなはすの花が満開で,いろいろな種類の小さな魚も私のそばを泳いで通り過ぎて行った。

    私はよく東の岸辺から水に入り,十七孔橋(アーチが17ある橋)まで泳ぎ,それからまた十七孔橋から東岸へ戻って来た。ある日,十七孔橋のそばで巨大なはまぐりに出くわした。私の手のひらと大きさが似たりよったりで,まだ小学生だった私は思わず鳥肌が立ち,慌てふためいて岸まで泳いで戻った。

    私は人に会う度に,昆明湖に巨大なはまぐりがいるのをこの目で見たと力説したが,私の言葉はあらゆる人にとって,千夜一夜物語(アラビアンナイト)のようであり,信じようとする人はいなかった。今に至るまでずっと,私はいまだにあの偶然出会ったはまぐりを忘れ難いのだが,時は移り様子も変わり,はまぐりがあれから以降,湖でのんびり,また楽しく生きているかは分からない。

 

街角こぼれ話 翻訳・解説

ポイント① 「可以划船,还可以游泳」 vs「不光可以划船,还可以游泳」

ニワトリは接続詞を用いた複文。“不光A,还B”は「Aだけでなく,Bも」。更に接続詞を加えて“不光A,而且还B”(Aだけでなく,その上Bも)とすることもできます。“不光”は話し言葉で,“不但/不仅”に同じです。後節の副詞は“还/也/又”のいずれも用いることができます

 

ポイント② 「游一会儿,休息一会儿」vs「游上一会儿,仰躺在水面上休息片刻,不亦乐乎」

ニワトリ“游上”の“上”は方向補語で,「(『少し』という)時間量への到達」を表す派生義です。“仰躺+在+水面上”は「述語“仰躺”+結果補語“在(+水面上)”」の構造で,直訳は「あおむけに横たわった結果,水面(の上)にいる」。“片刻”は“一会儿”の硬い表現です。“不亦乐乎”(また楽しからずや)のおかげで,より趣が深まりますね。

 

ポイント③ 「天空很蓝」vs「天空像宝石一样湛蓝」

ニワトリの“像…一样”(まるで…と同じ)は比喩表現。“湛蓝”の“湛”は「深い」の意。日中交流に尽力した政治家,石橋湛山はご存じですか。

 

ポイント④ 「湖里有很多漂亮的荷花」vs「湖里盛开着艳丽的荷花」

どちらも存現文。ヒヨコの述語は最も基本の“有”(ある)。ニワトリは“盛开+着”(満開になっている)。“着”は持続を表します。はすの花を飾る形容詞は,ヒヨコが“漂亮”(美しい)。ニワトリは“艳丽”(目が覚めるように鮮やかである)。

 

ポイント⑤ 「和我的手一样大,还是小学生的我有点儿害怕,马上回岸上了」vs「和我的手掌大小不相上下。还是小学生的我不禁毛骨悚然,手忙脚乱地游回了岸边」

ニワトリは4字で定型の語が効果的に使われています。“不相上下”(互いに優劣がない),“毛骨悚然”(産毛が逆立ち背骨がぞっとする),“手忙脚乱”(きりきり舞いする)”。

 

ポイント⑥ 「不知道它后来怎么样了」vs「不知它打那以后在湖里活得自在不自在、快活不快活」

「分からない」はヒヨコが“不知道”,ニワトリは“不知”。書き言葉に近いほど,表現はコンパクトに。ニワトリの“打那以后”は“从那以后”に同じです。“自在不自在、快活不快活”は読点“、”の前後が5字ずつの並列で,“活”(生きる)の様態補語です。

 街角こぼれ話5 日中友好植樹活動(内蒙古自治区)   張文  

ひよこレベル 

 中国の内モンゴル自治区には大きな砂漠がたくさんあり,クブチ砂漠と呼ばれるものがある。クブチ砂漠では,毎年1回,日中友好植樹活動が行われる。

 何年も前,私は幸運にもこの植樹活動に参加した。私たちは北京で日本人ボランティアと集合し,一緒に列車に乗って内モンゴルの包頭(パオトウ)市へ行き,それから包頭市でバスに乗り,5時間バスに乗って砂漠の隣の小さな町に着いたころには,既に2日目の夕方だった。私たちは一晩休み,3日目に植樹活動を開始した。

 私たち中国人大学生と日本人ボランティアは一緒に3日間木を植え,元の大きな砂漠は緑色に変わり,私たちは共に笑った。何年にもなる。小さかった木々はきっと大樹になり,広い砂漠の生態環境を守っているだろう。

 

 にわとりレベル

 中国の内モンゴル自治区には広大な面積の砂漠がたくさんあり,そのうちの1つはクブチ砂漠という。クブチ砂漠では毎年,日中友好植樹活動が行われる。

 何年も前,私は幸いにもこの植樹活動に参加した。私たちは日本から来たボランティアの人たちと北京から出発し,一緒に列車に乗って,内モンゴルの包頭(パオトウ)市に着いた。それから包頭市でバスに乗り換え,5時間バスに乗って,ついにクブチ砂漠の隣の小さな町に到着したころには,既に2日目の夕方になっていた。一晩の休息・調整を経て3日目に,期間を3日間とする植樹活動に取りかかった。

 私たち中国人大学生と日本から来たボランティアは一緒に,砂漠で1つ1つ小さな穴を掘って,ちっぽけな苗木を入れてゆき,それから苗木にたっぷり水をやった。太陽は砂漠で忙しくしている私たちをまともに照りつけ,とてもまぶしかったが,私たちは互いに励まし合い,ほかでもなくこうして,私たちは共に3日間一生懸命頑張った。もともと一目では端まで見渡すことのできなかった砂漠が,瞬く間に緑色でいっぱいになった。私たちの労働の成果を見て,私たちは一緒にうれしくて笑った。何年も経って,日中友好を表す小さな苗木はきっと大樹になり,広い砂漠の生態環境を守っているだろう。

 

街角こぼれ話 翻訳・解説

ポイント① 「叫库布齐沙漠」 vs「叫做库布齐沙漠」

“叫”は「…と呼ぶ/という」。“叫做”も同じ意ですが,「述語“叫”+結果補語“做”」の構造です。忠実な訳は「呼んだ結果…とする」でしょうか。結果補語“做”は後に「変身後の姿(ここでは砂漠名)」を導きます。

 

ポイント② 「每年举行」vs「每年都会举行」

“每”は“都”(例外なく/全て)と相性がよく,ヒヨコレベルでもどんどん使って下さい。助動詞“会”は可能性を表しますが,常に「…だろう」と訳すわけではありません。むしろ必然性を表し,「(その条件下では)…するものだ」程度の訳,もしくは不訳(訳出しない)の方がしっくりくることも多いものです。逆に言えば,必然性をもつ内容を中訳する際,“会”が使えると中上級レベルと思います。

 

ポイント③ 「日本志愿者」vs「来自日本的志愿者」

ヒヨコの“日本”は「国籍が日本である…」の意です。ニワトリの“日本”は単純に「日本」の意です。“来自+日本”は,話し言葉に換えると“从+日本+来”。“来自”は「述語“来”+結果補語“自”」の構造です。介詞“自”は「…から」の意で,後に起点を導きます。日本でも「出自」「自9/1至10/31」などで用いますよね。

 

ポイント④ 「休息了一晚」vs「经过一晚的休息调整」

“休息了+一晚”は「述語“休息”+時量補語“一晚”」。“经过+一晚的休息调整”は「述語“经过”+目的語“(一晚的)休息调整”」の構造で,「一晩の休息・調整を経る」の意です。

 

ポイント⑤ 「种了三天树」vs「为期三天的植树活动」

“种了+三天+树”は「述語“种”+時量補語“三天”+目的語“树”」。“为期+三天”は「述語“为期”+時量補語“三天”」の構造です。“为”は第2声では動詞で「…とする」の意です。“为期”は「期間を…とする」の意で,後に時間量を導きます。

 

 街角こぼれ話4 四川の成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地   李晶輝  

ひよこレベル 

 2017年9月25日、上野動物園で生まれた赤ちゃんパンダが正式にシャンシャンと命名された。今回は日本全国に公募する形で、最終的に32万余りの名前の候補の中から選ばれた。

 この報道を見て、思わず2014年に中国の成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地へ行った時の情景を思い出した。あんなにたくさんのジャイアントパンダを近くで鑑賞したのはそれが初めてだった。霧の立ちこめる竹林の小道に沿って、自然保護区に入ると、まるで神秘の世界に来たかのようだった。

 ジャイアントパンダたちは、ある者は木の幹にまたがって柔らかな若い竹の葉を食べ、ある者は台によじ登り行ったり来たりして、ある者は自分の子供を見守っていた。彼らは自分の住まいで何の心配もなく暮らしていて、パンダを見に来た観光客を全く意に介さない。パンダは余りにも自由気ままに生きている!その時は折よく赤ちゃんパンダが2匹生まれてちょうど半月ばかりでもあり、その双子パンダはかわいくてたまらなかった。

 これは今までで最も忘れ難い旅だ。

 

 にわとりレベル

 2017年9月25日、上野動物園で生まれた赤ちゃんパンダが正式にシャンシャンと命名された。今回は日本全国に公募する形で、最終的に32万余りの名前の候補の中から選ばれた。

 この報道を見て、思わず2014年に中国の成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地へ行った時の情景を思い出した。ジャイアントパンダと近距離で接触したのはそれが初めてだった。私たちは霧の立ちこめる竹林の小道に沿って自然保護区に入ると、まるで世間から隔絶された神秘の世界に身を置いているかのようだった。

 ジャイアントパンダたちは、ある者は木の幹にまたがって、青々とした若竹をせっせとおいしそうに味わい、ある者は台によじ登り、ゆっくりと行ったり来たりして、たまにはでんぐり返しの1つもし、ある者は愛情たっぷりに自分の子供を見守っていた。各自の名前が書かれた住まいで、パンダたちはのんびりと満ち足りた様子で楽しんでおり、パンダを見に来た観光客には全くお構いなしだった。パンダは自由気ままに、超然と生きている!その時は折よく赤ちゃんパンダが2匹生まれてちょうど半月ばかりでもあり、その双子パンダのかわいさといったら、全くもって言葉では言い表せないほどだった。

 この旅行で見聞きしたことは今なお記憶に新しく、忘れ難い。

 

街角こぼれ話 翻訳・解説

ポイント① 「在很近的地方观看这么多的大熊猫」 vs「与大熊猫近距离地接触」

“观看”は「観覧/見物/参観する」。“与大熊猫”の介詞“与”は「…と」の意で,動作を共にする相手を導きます。“近距离地+接触”の“地”は状語(=連用修飾語)を作る助詞。名詞フレーズの“近距离”が,動詞“接触”を修飾しています。 

 

ポイント② 「到了一个神秘的世界」vs「置身于与世隔绝的神秘世界」

“到+神秘的世界”は「神秘の世界に至る」。“置身于”は「…に身を置く」。介詞“于”は“在”の意の結果補語で,後に場所を導きます。“与世隔绝”の介詞“与”は「…と」の意。4字で「世間と隔絶する/されている」。ニワトリの“神秘世界”には真ん中に“的”がありません。直前の“与世隔绝+的”とダブるため,“的”は1つ削ります。

 

ポイント③ 「可爱得不得了」vs「可爱得简直难以用语言来表述」

“不得了”は形容詞で「たまらない」「甚だしい」。“简直”は副詞で「全くもって」。“难以”は動詞で「容易でない」。“用语言+来+表述”は連動文。“来”の前は動作の方式を表し,“来”の後はそれによって何かをなすという事を強調しています。

 

 街角こぼれ話3 私の故郷は北の小さな街   呉図雅  

ひよこレベル 

   今年の5月、私は親族に会いに実家へ帰った。この間に私は印象深い出来事を2つ経験した。1つはタクシーで、もう1つはレストランで。この2つの出来事には共通点が1つある。それはほかでもなく、タクシーの車内もレストランの中も、はっきり分かる所に「禁煙」の表示が貼ってあったことだ。しかし、タクシーの運転手もレストランの店員も、たばこを控えるというこのルールを守らないことに私は気付いた。

   ある日、私はタクシーに乗り運転手と一緒になったのだが、(その彼が)まさに口にたばこをくわえていた。タクシーに乗るとすぐ、私は彼に「運転手さん、たばこを消してもらえませんか。ここに『禁煙』と表示が貼ってあるじゃありませんか」と注意した。その運転手はそれを聞くと、すぐに吸うのをやめたが、そのまま吸い殻を道に捨ててしまった。

   またある時、私はレストランで食事していて気付いたのだが、店内でたばこを吸っている人がいて、しかもそれは店員だった。そこで私はすぐ彼に「店内は禁煙じゃないんですか」と言ったが、彼は「大丈夫、構わないさ」と答えた。私はどうも納得がいかないのだが、これらの場所の禁煙表示は何をするのに用いるのか。ただ飾り物として用いているのにすぎないのか。

 にわとりレベル

   今年の5月、私は親族に会いに実家へ帰った。この期間に私は極めて印象深い出来事を2つ経験した。1つはタクシーで、もう1つはレストランで。しかし、2つの出来事には共通点が1つある。それはほかでもなく、タクシーの車内もレストランの中も、はっきり分かる所に「禁煙」の表示が貼ってあったことだ。しかし、タクシーの運転手にせよ、レストランの店員にせよ、たばこを控えるというこのルールを守らないことに私は気付いた。

   ある日、私はタクシーに乗り運転手と一緒になったのだが、(その彼が)まさに口にたばこをくわえていた。タクシーに乗るとすぐ、私は彼に「運転手さん、たばこを消してもらえませんか。車内に『禁煙』と表示が貼ってあります。たばこを吸ってはいけないのでしょう?」と注意した。その運転手はそれを聞くと、すぐに吸うのをやめたが、そのまま吸い殻を道に捨ててしまった。

   またある時、私はレストランで食事していて気付いたのだが、店内でたばこを吸っている人がいて、しかもそれは店員だった。そこで私はすぐ彼に「店内は禁煙じゃないんですか」と言ったが、彼は全く気にしない様子で「大丈夫、構わないさ」と答えた。私はどうも納得がいかないのだが、これらの場所の禁煙表示は何をするのに用いるのか。これではすっかり形骸化してしまっているではないか。

 

街角こぼれ話 翻訳・解説

ポイント① 「印象深刻」 vs「印象颇为深刻」

“印象深刻”は「印象が強い」。“颇+为”は書き言葉で「すこぶる+…である」。この“为”は第2声で“是”の意。

 

 

ポイント② 「出租车司机和餐馆服务员都…」vs「无论是出租车司机还是餐馆服务员都…」

“无论(是)A还是B都C”は「(AであるかBであるかを論ずることなしに→)AかBかに関わらず/AにせよBにせよ,(全て)C」。“无论”は日本字で「無論」。「×むろん」の意ではなく,「論ずること無しに」と考えます。

 

ポイント③ 「上车我就提醒他」vs「上车我便提醒他」

“一A就B”は「Aすると(すぐに)B」。“就”は書き言葉では“便”とします。

 

ポイント④ 「摆设」 vs「形同虚设」

ここの“摆设”は名詞で「飾り物」の意。“形同虚设”は四字の定型で「(形は虚しく設けるに同じ→)(主に機構や職務上の地位が)あってなきがごとしである/飾り物になって何の役割も果たさない/有名無実である」の意。

 

 街角こぼれ話2 私を産み育ててくれた北京(北京)   丁安潔  

ひよこレベル 

 私の小さいころの北京が忘れられない。治安が良く、町内は静かで、四合院は整っており、こちらの路地から別の路地へと歩いて行けた。路地の名がさまざまなのには皆理由があった。

 日本に来て11年目、私が北京へ帰ろうとすると、母が言った。空港へあなたを迎えに行く家族が誰か、是非ともいないといけない、なぜならあなた独りでは家が分からないだろうからと。私は信じずに、独りで空港リムジンバスに乗り、北京駅まで行ったが、北京駅の向かいの小道がなくなっていて、まるっきり以前の様子ではなくなっていることに気付いた…

 今の北京は至る所、高層ビルばかりだ。それもいいけれど、近代都市は皆こんな感じだ。以前の古い北京の面影が見られないのは本当に残念だ。

 

 

にわとりレベル

 私の幼時の北京が忘れられない。「(夜戸を締めず、道落ちたるを拾わず→夜戸締まりしなくても安心して寝られ、道に落とし物があっても自分の物にしない→)治安が良い」と言えた。閑静な街、整然とした四合院、1本の路地がもう1本の路地へとつながっていた。路地の名が多種多様なのには、それぞれこだわりがあった。

 来日後11年目、私が北京へ帰ろうとすると、老いた母が言った。是非とも空港へ迎えに行く人が必要で、さもないとあなた独りでは家が見つからず帰り着かないと。(どうしてありえようか→)そんなことはあるまい。私は独りで空港リムジンバスに乗り、北京駅まで行った。さっぱり見当がつかない!北京駅に面していた小道は行方が分からず、昔の面影をとどめてはいなかった。

 現在の北京はビルが林立し、立派ではあるが、それは全ての近代都市の縮図でしかなく、独特の趣をもった古い北京が失われて、私は残念に思われてならない。

 

 

街角こぼれ話 翻訳・解説

 ポイント① 「去机场接你」vs「去接机」

 “去机场接你”は「空港へ行く+あなたを出迎える」。“接机”は“到机场接人”の意で「空港へ至る+人を出迎える」。ヒトも含んだコンパクトな表現。

 

ポイント② 「不认识家」vs「找不回家」

 “认识”(知っている)は,場所や道・人・字など同類のモノの中で,特徴を見分けることに焦点があります。“找不回家”は“找回+家”(家を捜して帰る)」の不可能形。“找回”は「述語(“找”)+方向補語(“回”)」の構造。 不可能を表す“不”は2字の間へ。目的語(“家”)は後へ置きます。

 

ポイント③ 「我觉得A很遗憾」vs「A使我遗憾不已」

 “我觉得A很遗憾”は「私は,Aがとても残念だと思う」。“A使我遗憾不已”は「Aが私に(残念でしかたなく思わせる→)残念に思わせてしかたない」。“使”(…させる)は使役動詞。“不已”は書き言葉で,多く4字句で用い「…してやまない」「しきりに…する」。

 

 街角こぼれ話1 忘れ難い竜井茶(杭州・西湖   水蜜桃  

ひよこレベル 

 竜井茶は緑茶の中で一番有名な種類で、杭州市の竜井が産地であるため竜井茶と呼ばれている。ある時、私は家族と杭州の西湖に遊びに行き、西湖の美しい景色を見た後、遊覧船に乗って西湖の中にある小島を散歩した。

 

 その日はとても暑く、皆少し疲れていて、喉が渇いてもいたので、茶館に入った。茶館は小さく、テーブルと椅子が少しあるだけだった。私たちは竜井茶を注文した。すぐに店員さんがいれたての竜井茶をたっぷりと私たちに注いでくれた。すぐさま私はいい香りをかいだ。私はびっくりした。竜井茶がこんなにもいい香りがするなんて知らなかったからだ。私はすぐに湯飲みを持って一口飲んだ。その味はとても柔らかく、とても香ばしいものだった。

 

 「いいお茶だ」と父が私に言った。私は、父の顔を見ながら「すばらしい、これは確かにいいお茶だ」と思った。これは私が飲んだ中で一番よい竜井茶のはずで、杭州へ行った一番の収穫でもあった。

 

 

にわとりレベル

 竜井茶は緑茶の中で最も有名な種類で、産地が杭州の竜井であるため、竜井茶と名付けられた。ある時、私は家族と杭州の西湖に遊びに出かけた。西湖周辺の名勝を楽しんだ後、更に遊覧船に乗って西湖の真ん中にある小島を散策した。

 

 その日はとても暑く、更に歩き疲れて喉も渇いていたため、家族と島にある茶館に入って小休止することにした。茶館はとても小さく、簡素で、簡単なテーブルと椅子以外は何の調度品もなかった。私たちは腰を下ろしてすぐに竜井茶を注文した。間もなく店員が、大きなポットにいれたての竜井茶と、ガラスの湯呑をいくつか私たちの前に置き、それから空の湯飲み1つ1つになみなみとお茶を注いでくれた。たちどころにほのかな香りが鼻をついた。私は思わずびっくりした。私は竜井茶がこんなにも香りが爽やかで、人を魅了するものだとは知らなかったからだ。私は居ても立っても居られず、湯飲みを持って一口味わった。その味はさっぱりして柔らかく、しっとりしていて、心と体にしみわたり、人をうっとりさせるものだった。

 

 「いいお茶だ」。私の耳に突然父の賛嘆の声が響いてきた。父の満足げな様子を見て、私も思わず「すばらしい、これは確かにいいお茶だ」と思った。正確に言うと、これは私が飲んだ中で一番よい竜井茶のはずで、今回の杭州旅行の一番の収穫でもあった。

 

 

街角こぼれ話 翻訳・解説

 ポイント① 「叫龙井茶」vs「起名龙井茶」

“叫”は「…と呼ぶ」。“起名”(名付ける)は離合詞で,本来は目的語を置けないが、ここは簡潔な書き言葉として“起名A”(Aと名付ける)の形で用いている。

話し言葉では“给儿子起名儿叫A”(息子にAと名付ける)のように用いる。

 

ポイント② 「只有几张桌椅」vs「除了简单的桌椅之外,没有任何多余的摆设」

“只有”は「…があるだけ」「…しかない」。

“除了A之外”(Aを除いたほかは)は,“除了A”(Aを除いて)や“A之外/A以外”(A以外に)の強調形。“没有任何…”は「いかなる…もない」。

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