秀才、挙人と状元は中国古代(598年~1905年)、即ち隋から清の時代まで行われた官僚登用試験――科挙(かきょ)に関る概念である。
明代から、科挙制度はどんどん複雑化し、清代に入ると、科挙試験は大きく三段階の本試験とその前に行われる童試(科挙をうける資格を得るための試験)と呼ばれる試験に分かれるようになっていた。童試は順に県試・府試・院試の三段階に分かれ、院試に受かった者は、秀才と呼ばれ、科挙を受ける資格を得る。
科挙の本試験は郷試・会試・殿試の三段階で区分されていたのだが、まず郷試を受けようとする生員は学政の執り行う科試を通過しなければならず、その後郷試を通過すれば挙人の資格を授与された。
最後に会試覆試を経て紫禁城保和殿で殿試を行い、通過者には進士という称号を授与した。進士合格発表式は太和殿で皇帝が自ら臨席して百官の参席する中、盛大に挙行された。首席合格者を状元といいます。 |